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パネルディスカッション・レポート【メンタルヘルスケア】 オンライン授業が学生のメンタルに与える影響・課題・支援について

2021年6月22日、オンライン授業を導入する中央大学 国際情報学部 教授の飯尾(いいお)淳先生、聖徳大学 心理・福祉学部 社会福祉学科 講師の久米知代先生をお招きし、パネルディスカッションを開催しました。コロナ禍のさまざまな制約下で、新たな学びの姿を模索する大学の「今」を伺いました。

ピープル2021年9月 3日

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大学に浸透するオンライン授業

コロナ禍を境に、大学ではオンライン授業の活用が進んでいます。オンライン授業のタイプは主に3つにわかれます。
1番目は教員・学生が画面越しにやりとりするリアルタイム(オンタイム、ライブ)型、2番目は教員が事前に収録した動画ファイルや音声ファイルを学生が随時視聴した後で教員と学生の間で授業支援システムやメールを介したテキストでの質問や議論を行うオンデマンド型です。3番目が、ナレーション付きの授業資料(PowerPoint等)を視聴した上で、教員と学生の間で授業支援システムやメールを用いて質問や議論を行う資料配信型です。  
さらに、これらを組み合わせたやり方の1つに事前にオンデマンド型や資料配信型のコンテンツを視聴・予習してから、リアルタイムでの講義で質疑応答や意見交換に臨む反転授業があります。

東京都の多摩、後楽園、市ヶ谷、市ヶ谷田町にキャンパスを構える中央大学。2019年4月に新設された市ヶ谷田町でITと法律を学ぶ国際情報学部でIT分野を教える飯尾先生はコロナ禍で主にリアルタイム型とオンデマンド型で対応してきました。同学部では早くから学生が自分のスマホで校内LAN環境にアクセスして教務情報などを確認・登録するBYOD(Bring Your Own Device)を推進していたこともあり、学生は比較的スムーズにオンライン授業に対応したそうです。

千葉県松戸市にキャンパスを有する聖徳大学でも同様にオンライン授業を活用しています。もともと2020年4月に予定されていたマイクロソフトのクラウドサービスを用いたICT環境を整備する時期とコロナ禍が重なりました。教員・学生ともにデジタル化への対応には当初戸惑いもありましたが、お互いにフォローし合って次第に慣れていきました。久米先生の指導する社会福祉学科では国家資格や教員免許取得のために必要な実習指導や演習科目については、オンデマンド型ではその場で学生の理解度合いを教員がすぐチェックしたり学生が質問したりするのは難しいため、なるべく双方向でリアルタイムにやりとりできる形式で授業を進めています。

学生が出す不調のサインに早めに気づくには

サイオステクノロジーのアンケート調査結果に現れたのは、コミュニケーションの不足や友人と会えないことがストレスの原因になっている学生の割合の多さです。

中央大学の飯尾先生も「昨年(2020年)4月に入学した学生は少なくとも前期の授業はすべてオンラインだったので、友達もなかなか作れる機会がなく不憫でした。課外活動ができないことに対する学生の問い合わせや同級生との接点がない、といった悩み事が学生相談室などに多数寄せられていたようです」と打ち明けます。
約25,000人の学生を抱える中央大学では、LMS(Learning Management System)のmanaba等の授業支援システムを介して学生へメンタルヘルスのセルフチェックについて案内を出しています。
「悩み事は、随時問い合わせできる学生相談室がセーフティネットとして機能しています。私が受け持つ国際情報学部は1学年150名と本学の中では比較的小規模な学部ですが2020年の後期授業からは少なくとも週1回登校して行う対面(面接)授業を設けています」(飯尾先生)

対面授業を始める前には、乱数発生アルゴリズムを用いて出席者の座席をシャッフルする飯尾先生自作のプログラムを利用。話したことのない学生同士がなるべく隣り合わせになるように接点を増やす工夫をしています。

聖徳大学の社会福祉学科は1学年3クラスで、いずれも担任制を敷いています。久米先生は「春と秋にそれぞれ一度、学生と担任の面談が必須となっています。学生寮に入寮している場合は、学寮委員との接点があります。学生が部活に入っていれば部活動を担当する先生との接点があります。1人の学生が多重に関われる接点を作り、かつ連携する全学的な体制を通じて、サインに早く気づけるようにしています。学生が体調不良などの際に利用する保健センターや学生支援課、学生寮とも連携を図り、何かあった際には担任に連絡が入るようになっています」と説明しました。

授業への出席状況やテストの提出状況も学生の変化に気づくきっかけになります。

久米先生は「マイクロソフトのTeamsに課題を掲示して学生に回答を提出してもらっていますが、管理画面でログをみると学生の提出時刻などがわかります。提出の時間帯が深夜など遅めになってきたり、課題を出してから1、2日間で提出してきた学生が急に1週間ほど遅れることが立て続けに起きたりするときは学生の変化を示すサインの1つだと捉えています」といいます。
「提出するレポートの文章の長さにも表れますね。そのようなときは『課題などが立て込んでいないですか』と、コメントをフィードバックする際に本人に確かめたり、学生が所属するクラスの担任の先生にお伝えして気をつけてもらったりしています」(久米先生)

飯尾先生も「実際に対面で接していれば学生の発する微妙なサインにはピンと来ます。しかしオンラインでは、どうしてもそれを受け取りにくい側面があります」と指摘。学生からのサインを取りこぼしなくチェックするのは、現状のオンライン環境のみ、では難しい面があるようです。

コロナ禍では、部活などの課外活動や、海外への研修や交流が延期・中止に追い込まれています。久米先生は部活ができない状態が続いていることで、ストレスを溜めている学生がいることを指摘します。

「メンタルヘルスケアが必要なのは、むしろ活発に部活動などをする機会をコロナ禍で奪われた外向的な生徒や、対面で会って学生生活を楽しむことをしていた生徒たちかもしれません。実際、そうした機会をほとんどもたないまま卒業せざるを得ない学生もいます。リアルで集う楽しみを味わっていた学生のほうが実はメンタルに危うさを抱えているかもしれません。逆に、普段おとなしくて校舎にいるより在宅が落ち着く、SNSなど非リアルでつながっていられる学生のほうがうまくサバイバルができている可能性もあります。大切なのは先入観や固定観念を持たずに、一人ひとりに丁寧に接して判断していくことではないでしょうか」(久米先生)

聖徳大学では、毎年恒例のオリエンテーション合宿や夏季の登山合宿は取りやめたものの、それに代わる松戸市内での学生同士の交流会を教員が企画し開催しました。参加した学生たちの多くは「自分はこの大学の一員である」という大学への帰属意識を持ち、「クラスの同級生にはこういう人がいる」という交流のきっかけづくりになったと好評でした。

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教員同士のコミュニケーションも重要

久米先生は「実は、私自身も精神保健福祉士であるにもかかわらず、ストレスで体調を崩してしまいました。体は疲れているのに頭が冴えて不眠になりがちになった時期が3、4カ月ほどありました」と打ち明けます。
「幸いにして3クラスある学年の他の2クラスの先生たちがお互いの胸中を言い合える場を作ってくれるなどフォローしてくれました。あらためて教員同士にもコミュニケーションの場が必要だなと思いました。提出課題に対する学生へのコメントのフィードバックは、オンライン授業下における貴重なコミュニケーションの機会です。授業以外にも将来への漠然とした不安や悩みなどの質問へのコメントなど1人ひとりに回答しています。ただ教員である私が落ち込んでしまうと、ポジティブに対応できません。さらに『ちゃんとコメントを返さなきゃ』と焦り、それが悪循環につながります。教員のメンタルは学生のメンタルにも影響しかねません。その意味で教員のメンタルは重要です」(久米先生)

学生たちと企業へのメッセージ

大学は、勉強をする場所という側面だけでなく、友人との切磋琢磨や支え合いを通じて、社会人として必要な人格を養う場として役割を担います。

「ある学生は、『高齢者施設でのアルバイトの経験を通じて、社会福祉学科で学ぶ意義を再確認した』と教えてくれました。人生のすべての経験はつながっています。かつてのように対面で話ができる日がまた来ることを私たち教員も楽しみにしています。コロナ禍での知見を糧にみんなで孤独にならないように教員も学生も一緒に、サバイバルして頑張っていければと思います」と久米先生。学生たちを採用する企業に対しては、「チヤホヤする必要はないですが、サバイバルして生き延びてきた学生たちです。その強みを上手に引き出す視点を持ってくれるとありがたいですね」と述べました。

飯尾先生は、大学の面白いところは、学生の人生の中で人間的に大きく変化する時期であることだといいます。「あどけなさが抜けきらない学部の1年生が4年間のうちにいっぱしの大人の顔をしてくるのですよね。勉強だけでなく、サークルや課外授業とか、学食で友達とわいわい話すことなど、さまざまな体験が変化をもたらしていると思います。まさに大学は学校教育法でいうところの人格の涵養の場です。そこで学ぶ学生には、明けない夜はない、止まない雨はない、と言いたいです。コロナ禍でいまは耐えるときですが光明も見えてきています。希望を持っていきましょう」と述べました。採用企業に対しては、「パワーハラスメントに注意してほしいですね。『若い頃の苦労は買ってでもしろ』といわれますが、先輩や上司が自分のストレス発散で若い子に不満をぶつけるのは違います。きちんと区別して接してほしいと思います」(飯尾先生)

パネルディスカッションのモデレーターを務めた黒坂は、多数の人の手で作り出されるオープンソースソフトウェア(OSS)の開発コミュニティを例に、大学に期待される役割の重要性について述べました。

「エンジニアは、『私はプログラムのコードがうまく書けます』というだけでなく、関与する開発プロジェクトに多様な人々が参加したいと思える環境を作るスキル、コミュニケーション能力が求められるようになってきました。それらを養う第一歩として人格形成や対人能力を高める大学の役割が今日さらに重要になっていると思います」(黒坂)

学生に選ばれる多くの企業がそれまでの働き方、さまざまな慣行の見直しをコロナ禍で迫られています。サイオステクノロジーでは引き続き、大学・教育機関の皆さまとのディスカッションを通じて大学や企業の在り方を現場の目線から考えてまいります。

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